提灯持ちの倣岸不遜

 昨年夏、ジョージ・ウィル、アーミテージ、シーファー駐日米大使や岡崎久彦らからの批判を受けて、靖国神社の遊就館の記述が、今月から一部が変更されたのだそうである。この修正は今年の7月に完了するのだそうであるが、これからどういう修正がなされるのか注意しておかなければならない。 修正作業の監修者の永江太郎氏は「大東亜戦争は米国と中国に責任があり、日本にとっては追い込まれた末の自衛戦争だったとの考えは変えていない」という。米・中に迫られて修正したのではないといっているが、永江氏と違って修正作業に参加した岡崎久彦は2月7日の産経新聞で明白に「米・中が日本と戦わざるえなかった理由」を米・中の立場に立ってその史観を述べている。繰り返すが「日本が何故大東亜戦争を戦わざるを得なかったか」ではなく、「米・中が何故、日本と戦わざるえなかったか」を書いている。さらに彼は展示の修正が進むつつあることを喜びつつも、修正を重ねることではなく、いつかは全面的に書き直すべきであると述べている。

 岡崎が代弁するアメリカの立場とは、

(1)ルーズベルトが日本を戦争に追い込んだのは大不況から抜け出すためなどという低次元の目的ではない。

(2) キッシンジャーが書いているように、アメリカの戦略的、道義的観点からアメリカを「自由の未来とアメリカの安全にとって不可欠の戦争」に参戦させるためにハルノートで日本から戦争を仕掛けさせる必要があったのだ。ルーズベルトのこのアメリカ参戦という成果は偉大で勇気ある指導者の並々ならぬ努力の達成である。

「アメリカの参戦は大不況からの脱出のため」という記述を修正させた理由は靖国神社が「知的品位」に欠けると思われるからという理由を挙げているが、実はこの理由はアメリカ国家の品位を貶めるからなのである。なぜなら、アメリカの参戦の目的は「自由の未来とアメリカの安全のため」という高邁の目的があったのだとしているのである。ハルノートを発することで日本を戦争に引きずり込んだことを、戦略的にも道義的に見ても正しかったとしているのである。一体、岡崎はどこの国の人であるか。

ジョージ・ウィル、アーミテージ、シーファーなどが靖国神社の知的品位などを一顧だにしないことは明らかである。彼らは靖国神社の記述はアメリカの品位を貶め、偉大なルーズベルト大統領の功績を汚すからとして、岡崎を使って修正させたのである。または岡崎が彼らに「ご注進」して、問題とさせ、自分は修正の権限を持っているからと彼らに取り入って、今回の修正になったのである。まるでシナと朝日新聞などの媚中マスコミの関係と同じなのである。

ハルノートについても書いているが、この作成者のハリーデクスターホワイトはソ連のスパイであり、ハルノートは日米を戦わせるためのソ連の謀略の一つであったということが最近明らかになってきた。そして我が国の側も日米開戦に推し進める尾崎、ゾルゲなどの謀略が成功しつつあったのである。日米共にソ連の謀略にはまってしまって戦争に突入していってしまったのであるが、日本がその結果徹底的に破壊され、戦後精神的にも民族としての独立心を失い、共産主義とその亜流であるフェミニズムや人権主義によって民族の存立自身も危ぶまれる事態にいたってしまったことを私は大変残念に思うのである。

しかし岡崎は当時のアメリカ政府がコミンテルンの謀略に引っかかって日本と戦うことになったということを一言も書かない。「偉大な」ルーズベルトはこんな謀略などに騙されることなく、「自由と安全のため」にアメリカを参戦させたのであると言っているのである。そしてそこには戦わざるを得なかった我が国に対する憐憫のかけらも無い。

次に岡崎が代弁するシナの立場とは、

(1) 張作霖爆殺事件、満州事変、第一次上海事変については実際は日本軍が関与したのだが、東京裁判が日本の責任だとしていない。支那事変勃発の経緯については、東京裁判で日本側の責任は問われていないが、満州事変以後、シナが、広安門事件、通州事件、第二次上海事変などで日本を挑発せざるをえなかった理由は出先軍を独走させた日本軍の北支工作である。これが国を誤った最大の原因である。

(2)南京事件は確実な史実に基づいて書けるのはここまでというところでとどめてある原文を尊重した。外国の反応をおもんばかっての、それ以上の修正は、伝聞やプロパガンダの説の引用となり、そうすることは靖国の知的品位を傷つけるものと思う。

上記(1)で岡崎が言わんとしている事は、張作霖爆殺事件、満州事変、第一次上海事変、支那事変勃発の経緯は東京裁判が問題としていないが、支那事変以後の中国を挑発させてしまった原因は日本軍の行動、特に北支工作だというのである。この北支工作ということが靖国神社の記述に入ったことで、今回の作業の目的の半ばが達成されたと手放しで喜んでいる。このことで岡崎はシナの立場を明らかに代弁したのであり、シナ人が行った数々の国際法違反行為、残虐非道な日本人大量虐殺を弁護したのである。

 また上記(2)の文は、読者はこの文を素直に解釈できるであろうか。原文を尊重したのなら、修正しなかったのであり、「外国の反応をおもんばかっての、それ以上の修正は」という文は意味が通らないのである。この文を除くと、「原文のままにして、伝聞やプロパガンダの説の引用をしなかったのは、靖国の知的品位のためだ」と言う意味になる。岡崎はこのように直裁に書くことで多方面から批判されることを恐れたから、「外国の反応を・・・」という意味不明の文を挿入したのだと私は解釈する。

 そもそも南京の安全区にいた外国人は殺人を見たのではなく、伝聞であったということと大虐殺は中国国民党のプロパガンダであったということは以前から知られていたことであり、東中野氏らによる最近の研究成果もそれを実証している。南京大虐殺はなかったという記述に加えて、南京大虐殺は捏造であり、プロパガンダであったという記述をこの機会に書き加えて欲しいと思うのがほとんどの国民であろう。しかし、岡崎はこのような我が国の立場に立った修正を「靖国の知的品位」を傷つけるとしているのである。

 いずれにせよ、岡崎はどういう資格でこの修正作業に参加しているのであろうか、靖国神社はどういうつもりなのであろうか。問題は靖国神社の展示の記述に留まらない。ご存知のように新しい歴史教科書は反米的部分を全て削除して第2版をつくったと、昨年8月には豪語しているのである。そしてこの岡崎が、教育再生機構とつくる会と扶桑社の三者が共同でつくる会教科書の第3版をつくれと指示しているのである。靖国神社の展示を書き換え、つくる会の歴史教科書に関与する権利を何故、日本の立場ではなく、米・中の立場に立って行う人間に与え続けるのかそれが知りたい。