0、通告質問の前に聞いておきたいことがあります。

市立南平小学校の入学式で「国歌・君が代」のピアノ伴奏を拒否して戒告処分を受けた音楽教諭が、「校長の職務命令(伴奏指示)は思想、良心の自由を侵害するもので憲法違反」として処分取り消しを求めた行政訴訟の上告審判決が2月27日、最高裁でありました。裁判長は職務命令について「思想および良心の自由を定めた憲法19条に反するとはいえない」との初判断を示した上で女性教諭側の上告を棄却した。女性教諭の訴えを退けた2審・東京高裁判決が確定した。

きわめて当然の判決であります。昨年9月の東京地裁の違憲判決があり、それを理由に日教組、全教は今春の卒業式、入学式の国旗国歌の伴奏や起立を拒否する運動を強化してきたとも聞きますが、今回の最高裁の判決は彼らの論理の裏づけをなくしたものといえます。

 長い間、証人として裁判に関わってこられた、南平小の元校長先生のご労苦に対し、また貫かれた正義と勇気に対し、あらためて感謝申上げるとともに、敬意を表します。当時、迫害にさらされた元校長を日野市教育委員会は守らなかったことは慙愧に堪えない。

 この画期的な判決を受けて、日野市教育委員会としても、この判決についてどうお考えかを明らかにしていただきたい。

◆教育長答弁

 

学校の式典で国家斉唱がはじまると、これみよがしにどさっと座る人がいる。起立はしていても全く歌わない者もいる.卒業式という式典に校長先生から招かれて、その校長の意図に反するこれらのもの達は式典に参加する資格が無い。これから、校長はこういうものを招待しないでもいいということにしていただきたい。

 

1.共産党とネットと日教組は「子供権利条例」を待っている

 

1)パブリックコメントとそれへの市の反論を検証する

 「日野市子どもの権利条例素案」によせられたご意見に対する回答という文書を31日に頂きました。その日の広報ひのにもこの文書の縮小版が載っています。

  この文書は昨年815日から930日に実施されたパブリックコメントに対する市の回答という形になっています。それを検証します。

 10月1日のパブリックコメント募集終了から、この文書作成した今まで十分時間があったと思いますので聞きます。

まず、この機関に寄せられたパブリックコメントのすべてを知りたい。寄せられたものの、

●全件数、●市内、市外の別、●無効になったものの数、その理由、●メディアの別の数、

●子供権利条例素案に賛成の数、反対の数、を教えてください。

◆「子供部長答弁

 

さらにお聞きします、この文をみると論点は分類されたようですが。

この文章内に現れている意見の各々は何件が寄せられたかを教えていただきたい。

●子供の権利条例が何故必要なのか (子供権利条例は要らない)

●『児童の権利条約』は発展途上国を対象とした条約だ

●子供の権利条例より健全育成条例を

●子供は導かれるもの

●公募市民だけではなく、有識者を入れた会議で条例案を作るべき

●一部の市民だけで条例案は作るべきでない

●おとな会議のメンバーの氏名、住所を公表してください

●子供の権利が30以上掲げられているのに責務がひとつというのはおかしい。

●子供の権利を認めると子供が怠惰になる

●権利ばかり認めると権利意識が肥大化して暴走する

●子供が権利を主張することで学校や家庭が崩壊する

●子供の権利ばかり認めると親が子供をしつけできなくなる

●遊ぶ権利を認めたら、子供が遊ぶ権利を主張して勉強しなくなる

●権利侵害とはどういう状態なのか

●オンブズパーソンは不要

●子供の権利委員会は不要

◆「子供部長答弁」

 

 1から8までに大きく分かれていますが、全体としても8ページでありまして、一章に1ページ全体を使っているわけでもないので「すかすか」の感じがします。

多くの方々は心配されてパブリックコメントを出されたに違いない。先ほど私が申上げたような集計結果をまず載せるべきである。ところが、まず第1章、「子供の権利条例がなぜ必要か」といきなり結論の「必要だ」ということを打ち出しているものです。

 このような書き方はコメントを出した方に失礼だ。素直に考えれば市としても、大変貴重な意見を寄せていただいたと感謝しなければならない。その扱いがされていない。パブリックコメントを求めた意味が無いではないか。見解を問う。

◆「子供部長答弁」

 

 その章の頭に「子どもの権利条例が必要なのか」というご意見を幾つか戴いたとあるのですが、この質問は「必要性を問うて」いるのではなく、当然「子供の権利条例はどう考えても必要とは思えない」ということであります。そもそも集められたパブリックコメントは、子供権利条例は要らないし、危険であるという意見が多数を占めていたはずであり、その理由も細かに記述されていたはずなのに、それが全く無視してされてしまっているのであります。

 

しかも児童の権利に関する条約の批准の際に、衆議院外務委員会で行われた、政府の答弁で「政府として本条約の実施のためには現行国内法令または新たな国内立法措置を必要としないと考えている」という見解を記述しながら、その次で「必要とする理由その1」、その後で「必要とする理由その2」と書き出すのであります。

 

◆必要とする理由として その1

犯罪、児童虐待、苛めなどの子供の権利侵害が報道されている事例の数倍いると想像できるとし、日野市にも全国平均で児童虐待が存在し、表に現れない部分を加えれば安心できる状況ではないとしている、そして「まとめ」で子供の権利侵害が顕著になってきた昨今、子供を健全に育てていくために子供の権利を一層意識しなければならないとしています。

 またこの文書にある文章はこうです。「日野市の現状は、全国ににある虐待等が全く無いわけではなく、一定の出現率のもと、表に現れていない部分を加えれば安心できる状況ではないと認識しています」

この詐欺的な文章をよく公表したなあと呆れるのですが、「全国にある虐待等が全く無いわけではなく」、少しはあるといっているのか、幾つかあるといっているのか、よく分からない。「一定の出現率のもと」とは何パーセントを言っているのか。「表に現れていない部分」とは何の表か。「安心できる状況」とはどういう状況のことか、お答えください。

◆子供部長答弁

 

このぬえみたいな文章に基づいて、虐待、苛め、犯罪が子供を不幸にしているから、子供権利条例が必要だという論理を立てようとしているが、大変な無理がある。

 

 子供への犯罪、児童虐待、苛めは権利侵害だというが、これに関しては条例素案の14条の(5)苛め、虐待、体罰等あらゆる暴力から守られること。という条文が一つの権利として規定されている。この条文で、子供への犯罪、児童虐待、苛めがなくなるのか。

 子供への犯罪は個別の刑法が存在します。児童虐待でも児童虐待防止法があります。苛めはあってはならないが、子供権利条例がそれを防止できる効果を持つのか、虐待と苛めは子供権利条例があってもなくならない、

(7)子供権利条例でいじめと虐待は無くならない

 苛めに遭った子供が、口先だけで「権利侵害をしないでくれ」といった場合、いじめっ子は苛めをやめるか、いやそれを聞いてさらに激昂して、苛めはさらに強まると考える。

見解をお聞きしたい。

◆「子供部長答弁」

 

 しかし、子供権利を作れば、子供への犯罪、虐待、苛めが無くなるという自信や実績があるから推進するのでありましょう。今まで、子供権利条例を作ったところが川崎市、奈井江町、芽室町、魚津市、射水市、目黒区、豊島区、埼玉県、多治見市、岐阜市、名張市、川西市、であるが、これら町で条例施行後に「子供への犯罪、児童虐待、苛め」がどれほど減ったのか。あるいは逆にどれほど増えたのか、それをお示しいただきたい。

◆「子供部長答弁」

 

◆必要とする理由として その2

「子供の生活している環境によっては、子供が人間として守られなければならない権利が侵されていたり、十分に保障されていないことも見受けられます」と書いていますが、私は長時間の延長保育や夜7時までまたは9時まで学童クラブに残らざるをえない子供はこれに該当すると思うのです。子供の願いは家に早く帰れることである。大人の都合で、子供を施設や他人に預けている現実をあらためる必要がある。

 

その後の記述で「子供を健全に育てることと、子供の権利に配慮し尊重することは矛盾しない」、そして「子供を健全に育てていくために子供の権利を一層意識しなければならない」とあります。

この二つの文は何故なのかという説明がない。何故なのか説得力のある説明をしていただきたい。

◆「子供部長答弁」

 

私は「子供権利」は「青少年健全育成」という枠組みを破壊すると考える。

■青少年健全育成条例とは

理想的な子供に向かって、大人に育成される

大人は子供にふさわしくない環境を直す義務

子供の健全でない行動を規制する

子供権利条例とは

子供が権利行使の主体、親や社会に意見表明

子供は義務を負わない

大人は子供の権利を保障するのが責務

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だから子供を健全育成させるために子供権利条例を作ってはならないのであります。

 

 市当局は「子供権利」は大人が認識することだとしていますが、実は子供自身に「君達にはこういう権利がある、その権利が侵害されたら、申立てなさい」と刷り込むのでります。市当局はこの文書の中で「子供権利」とだけ言って、その30以上の個別の権利を表現していません。子供権利屋と私がいう活動家の人たちは、「子供権利」というものは素晴らしいもので恐いものではないと思わせて、「ありのままの自分を分かってもらう権利」「遊ぶ権利」「意見表明権」「プライバシーが守られる権利」「自分の意見を表明し、その意見が尊重される権利」「仲間を作り、仲間と集う権利」などを行使させようとするのであります。

 

■「策定の経過」について

「おとな会議から条例案を作成したいという意見が多数出されたことから、おとな会議案と市のプロジェクト案を1条づつすりあわせて、条例原案を作った」しかし「日野市が最終的に判断したもの」だから問題ないというのでしょうが、無防備地域条例案の例があるが、本来一般市民が条例案を出すためには地方自治法の住民直接請求の手続きを踏まなければならないのに、そうしなかった。重大な策定過程の瑕疵があると考える。日野市が最終的に判断したからいいのだとは絶対言えない。見解を伺いたい。

◆「子供部長答弁」

 

 おとな会議のメンバーの氏名、住所を公表してくださいとの意見がありましたとしながら、「本人に同意が得ることができれば公開できます」と書いています。この無責任な書き方は許し難い。市はずっと同意を得る努力をしてこなかったではないか。この情報公開を拒否してきたではないか、こう書くのなら、初めからおとな会議に諮って、「公開するために同意してください」と頼んでおくべきではないか、ではあらためて要求します。おとな会議のメンバー全員の同意を得る作業をしてください。同意を取って、情報公開してくれるのはいつですか。

◆「子供部長答弁」

 

■子供の責務について

おとな会議が発足する前に市は喜多明人教授講演会を実施した。市長はまず挨拶されて「権利と共に義務をふくめた条例を作りたい」と述べられて退席された。そのあと講演した喜多明人教授は「条例に義務を入れよという意見と戦うことがこれからの正念場になるのです」と豪語し、聞いていた人たちに檄を飛ばした。その命令の通りに、日野市子供権利条例素案からは義務という言葉は一つもなくなった。特に「子供の責務」と言うのが一つ入った。「子供は発達状況に応じて権利を正しく理解し、基本的な社会のルールを守るよう努めなければなりません」というのである。子供の責務はこの一つ、権利は30を超えるものが書かれている。

 市長の願いは無視されて、この素案になってしまった。実は、喜多明人教授はもともと子供権利の第一人者というか教組のような人であり、こういう人を呼べばこういう結果になることは市長は知っておかなければならなかったのです。

 5ページの下に、『この条例の目的は第一条に掲げてあるように「子供の権利に関する基本理念を定める」ものであり、その権利関係を明らかにすることによって、他の人の権利を学び、考え、行動することの責任を子供たちのなかに育むことにつながると考えます。』と書いてあるが、

「他の人の権利を学び、考え、行動することの責任を子供たちのなかに育むことにつながる」ということは条例素案のどこにも書いていない。

 

 この育むということは誰がするのですか、そしてこの条例を読ませれば自然と子供の心に、他人の権利について考えるようになるとか、つまり権利、権利と教え込めば自然に義務や責任が生まれてくるのとかいうのですか。

◆「子供部長答弁」

 

まるで絵空事です。

 

(2)「立法措置を必要としない」という政府答弁に反する策定作業

 昨年の9月議会で私は大場子供部長に「子供権利の立法措置は必要ないという政府答弁が出ているがその内容はどうか」と聞きましたら、部長はこう答えといます。

「児童の権利条約を批准する際に国会で議論された中に政府委員がこのように言っております。『基本的人権の理念に基づいている我が国の憲法と期を一にするものでありまたこの条約上の権利につきましては、その多くが我が国も既に、昭和54年に締結しております、国際人権規約に規定されておりまして、憲法を初めとする現行の国内法制で既に保障されているということから、政府としては本条約の実施のためには現行法令の改正または新たな国内立法措置を必要としていないという風に考えております』と答弁している。そのようなことでございます。」

以上が子供部長の昨年9月議会での答弁でありました。

 こういう答弁なのに何故条例を作るんですか、現行法制では不足だと考えるから子供権利条例を作ろうとしているのでしょうが、現行法制では何が不足していると日野市は考えているのか

◆子供部長答弁

 

■権利について

「子供の権利条例が制定されたら、子供の言い分を全て聞かなければならないということはない」と書き、「遊ぶ権利を子供が主張してきたら、言いなりにならないで、何故子供が権利を主張してきたかきちんと対話する必要があり、他者の権利などとバランスが大切だと子供に学習させることが大事です」とか書いている。ふざけるな。

つまり

●「子供は子供権利条例によって、遊ぶ権利などを主張し始める」ことは書いている。

それに対し、●「親はそれに全て言いなりになるな」と書いている。

子供の権利意識を条例で肥大化させておいて、親にそれを全て認めるのではなく、対話しなさいと言っている、これが親の責務だというのか、全く無責任なおせっかい行政ではないか。見解を伺いたい。

■子供部長答弁

 

 「子供権利条例を作れば子供は権利を主張しだす」と市は認めている。しかし市は「素案にあるすべての権利は他者との関係、また本人自身がもつあらゆる権利のバランスの上に成り立つものであり、そのような方向性を子供と一緒に作り出していくことがおとなの責務である」としている。

 まったく考えが間違っている。権利の亡者になった子供は大人の意見など聞かなくなるのだ。

「方向性を作り出せ、それが大人の責務だ」などと、責任を市民に転嫁しないで貰いたい。

 

権利を主張する子供は一人でもするし、集団でも主張します。具体的な例を上げて質問する。

 

@学校で中学生が集団で「遊ぶ権利」を主張して授業を放棄して、席を離れ、徘徊し出したら、どうするか、説得しようとしても「子供権利条例」に書いてあるじゃあないかと主張したらどうするか、このことは日常的に起こっている。そして三一新書の「生徒人権手帳」には「つまらない授業を拒否する権利」とか「学校に行かない権利」というのも載っている。

■子供部長答弁

 

A深夜徘徊している男女の中学生を注意したら、「ありのままの自分を分かってもらう権利」があると、主張したらどうしますか、警察の少年係は困るでしょうね。

■子供部長答弁

 

B子沢山の大家族の家庭で、子供たちが「プライバシーが守られる部屋が欲しい」「ほっとできる居場所として個室が欲しい」と訴えたらどうしますか、どう説得しますか。子供に恨みがこもるのではないか。親が怒り出して、ぶつこともあるでしょう。

■子供部長答弁

 

C中学校卒業式で国歌斉唱が始まったとき、来賓の一人が着席したのと同時に、数人の卒業生が、「国歌君が代反対」と騒ぎ出し、説得に掛かった校長に「これは『自分に関することについて自分を意見を言い表す権利』を持ってるからだ」と食って掛かってきたらどうしますか。

■子供部長答弁

 

D小学校入学式で、国旗が式場正面に掲げてあるのを、数十人の生徒と数人の教師と母親が取り囲み、「日の丸を掲げるな」と壇上に上り、「日の丸反対」と騒ぎ出し、注意した校長に対し「自分の意見を表明し、その意見が尊重される権利が自分達にはあるのだ、日の丸を降ろせ、この意見を尊重しろ」と大騒ぎになったらどうしますか。実際に起こったことですが。

■子供部長答弁

 

一部の狂った教師たちは、卒業式を自分達の思うように、(つまり国旗国歌なし、平場の使用)、やりたいために、児童の権利条約を引き合いに出し、子供の意見表明権を守れなどと、校長をつるし上げているのです。

 

Eある小学生が授業中に騒ぐことや立ち歩きが多く、いつも先生から叱られていたとする。これに反発した小学生が、オンブズパーソンに訴えたとする。オンブズパーソンは学校に介入し、「児童が安心して楽しく学校生活が送れるように」と学校内の組織的支援体制を作ること。校長と教師は「児童の心を傷つけた」と反省させられ、反省を促すための研修を受けさせられた。

このことで日野市の学校では教室内で子供に注意することが出来なくなり、学校崩壊を引き起した場合、どうしますか。

■子供部長答弁

 

F延長保育に預けられた子供が、「早くお母さんに迎えに来てもらいたい、早く家に帰りたい、保育園の夜の給食は嫌だ、お母さんと夕食を食べたい」という願いを発したとする。私はその子は愛情を受ける権利、意見表明権、意見が尊重される権利を主張したことになると考える。その子の権利を守ってやるために親や市は、どうしますか。

■子供部長答弁

 

問題は、17歳まで子供権利の主張、子供権利の行使を教え込まれた子供が、数年たって親となったとする。そしてその子供がまた小学校で子供権利を刷り込まれたとする。権利を主張する子供と権利を主張する姿はおとなだけれど心は子供が権利をぶつけ合うことになることであります。その家庭は戦場となるのであります。誰が調停するのですか。

17歳まで子供権利を刷り込まれた男女が夫婦となったとする。互いに権利の主張をぶつけ合う事態になる。いま現実に起こっている未熟な夫婦、あるいは片親による児童虐待は権利を行使することばかり教え込まれたからではないのか。

 

5)モンスターペアレント、この怪物を生んだ社会の責任、その被害者、市教委の責任

モンスターペアレントということでその姿、行動は想像がつくでしょうが、実はどの学校でもこの存在に困っている。当然モンスターチルドレンというものもいるわけであります。これらが教師の間のうつ病の原因の大きな原因になっているということも聞きました。市教委がしっかりと学校と教師を支援してくれているとは思いますが、モンスターがモンスターとなった原因は人権意識の暴走にあるのではありませんか。日野市子供権利条例がこのモンスターを爆発的に増やす原因となる、と私は信じます。

■子供部長答弁

 

■オンブズパーソン、子供の権利委員会について

「子供が権利を侵害されたと感じたときから始まる」「子供の権利理解が不十分であるとも想定できる」「大人がトータルな権利意識をもって判断しなければならない」「権利侵害と考えられない場合は、子供ときちんと話し合うことが大切です」などと書いているが、まずトータルな権利意識という言葉を聞いたことがない。ようするに常識をもって判断せよといっているだけだと思う。子供が理不尽な権利を主張してきたとき、普通、大人がきちんと話し合うでしょうか。「馬鹿をいうな」「ふざけるな」とか言ってしまうのが多いでしょう。子供ときちんと話し合えとしても、どれほどそういう親がいるのかということであります。あまりにも理想論、いや空想論ではないか。とくに子供権利条例素案にある、ありのままの権利などを主張されたら、普通の親や大人は怒り出してしまうと想像します。

 

 オンブズパーソンとは「相談したい時にすぐ相談できる相手の人です」としていますが、実は子供の主張を代弁する人であります。「身近な大人に相談できない」ときとは「親や先生が自分の権利を認めてくれない」ときのです。ところが6ベージで「子供の権利主張を全て聞くことない」としながら、子供の権利を救済するためのオンブズパーソンを設置するとは、全く矛盾しているではないか。見解を伺いたい。

■子供部長答弁

 

■制定後について

(8)子供の権利条例をつくって、オンブズパーソンや、子供の権利委員会の運営とか広報宣伝活動とか、どれだけの予算、どれだけの職員を浪費するか

■子供部長答弁

国籍、民族、言語において少数の立場の子供、などのこどもにも配慮してと書いてあることは、子供権利の各種啓発パンフレットは日本語、中国語、韓国語、英語、フランス語でも作るのですか

■子供部長答弁

 

以上のように、この日野市子供権利条例素案に寄せられたご意見に対する回答という文書は、美辞麗句を書き連ねているが、市民の良識的意見を尊重せず、分析もせず、まともに答えず、単なる独り善がりの理想論や観念論を書き連ね、前後の矛盾を多数含んでいるものであります。

 

(9)ナイーブな市長の願いは家族・社会・国家解体活動家に徹底的に利用される

◆昨年の9月議会の時市長は最後に「中学生のとき飯塚校長に帽子を取って挨拶されて感激した」とご答弁された。この最後のエピソードと共に市長の子供権利に関する理解というものと、現に作られた日野市子供権利条例素案の内容とは大変なギャップがあると私は考える。市長は「子供という存在は小さな弱い存在だが、もっと大人は尊厳をもって対応して貰いたい」そうおっしゃっているのであります。それなら、具体的に大人が子供に対すべき言動、行動の一つ一つを大人に対してメッセージを送るものであって欲しい。例えば

(1)子供に会ったら挨拶しよう

(2)子供に勉強を教えてやろう

(3)子供と一緒に遊ぼう、キャッチボール、相撲、サッカー、山登り、ままごと、お絵かき

(4)子供を力づけよう。

(5)子供を悪いときは叱ろう

(6)子供を夜、つれ歩かないようにしよう

(7)子供の先生を褒めよう

などなど

ところが日野市子供権利条例素案はそうではない。あくまでも子供が大人や社会に、自分の権利を言い立て、認めさせることを唆している。是非、そこまで読解していただきたい。

 だから、私達は条例素案が示す内容の危険性を言うのです。例えば 豊島区の自民党が作成した「これでいいのか子供権利条例」というチラシの中にいい言葉がありまして、紹介します。

●日本の歴史や伝統文化を育む最重要基本単位は家族。その家族を崩壊・解体に導く「子供の権利」は、はたして子供達を幸せにするだろうか

●「子供の権利の主張」は親との愛情ある「関係」を失わせ、孤独な子供を輩出するだけではないのか?

私はこの条例の危険性、有害性についてこの五年間、もう十回以上は一般質問で取り上げ、訴えてきた。ところが市長は全くご理解いただけない。聞く耳を持っていただけない。

わが自民クラブは子供権利条例策定作業を凍結するように文書で要求したのだが、市長はどうしても聞いていただけない。再度、説得するということでこの質問にしました。市長のご意見を伺いたい。

■市長答弁