ワルシャワでのアッピール文案

私達は日本からやってきた家族の絆の守る会(FAVS)の会員です。世界の家族を守る活動をしておられる方々とこれから連携していくための切っ掛けを求めてWCFに参加しました。 

以下の文章であっと驚く日本の現実をお知らせいたします。 

男女平等、少子化

 日本では1998年に「男女共同参画社会基本法」を成立しました。それから全国の地方自治体では男女平等基本条例(gender equlity ordinace)がなだれをうって成立しています。これらによってこれ以後制定される法律や行政に「男女共同」という考え方が採用されているかというチェックが入ることになってしまいました。

 この数年、ほとんどの小学校では「男女混合名簿」を採用するようになりました。これの目的は子供に性の差を認識させないためであり、「区別が差別を生む」などの考えに囚われた人たちの男女平等主義イデオロギーに基づいています。この他、学校では、男女混在の整列、男女一緒の徒競走、男女が争う騎馬戦(男女混合で一つの騎馬もある)、男女の組体操などが行われている。男女一緒の着替えや、男女一緒の身体検査などをしている学校もあります。

 男女共同(ジェンダーフリー)を推し進めてゆく人は「男らしさと女らしさ」を否定して、鯉のぼりやひな祭りなどの伝統行事や日本の文化を否定し、雌雄同体のカタツムリを理想としています。このためでしょうか、近頃は女の子でも「俺」と言い、「おめえ」と呼ぶ。あぐらをかいて座る。男女平等を曲解して何がなんでも男女同等に扱い、「男のような女」、「女のような男」になることを「多様さを認める」のは良いことだとして奨めています。また男女差別やセクシャルハラスメントはその定義や基準さえ分からないのに、これを根絶するように条例で市民を煽っています。このままでは男性は女性を『自分の手におえない生物』と見なすようになってしまいます。また女性は男性を「頼りにならない」と思うようになります、これでは男女が互いの性を尊敬するなどということはなくなってしまいますし、結婚を素晴らしいものと思わせないことになっていき、正常な夫婦関係を持とうとする意欲が無くなり、「結婚をしない」、「家族を持たない」、「子供を産まない」という若者が急増しています。この結果、日本人の人口がどんどん減少することになるでしょう。

過激性教育

 近頃、小学校一年生に、ペニスやヴァギナという名前を教えたり、四年生に、性交を教えたり、中学校一年生にコンドーム装着法を教えたりする学校があります。府中市、町田市、川崎市、国立市などの学校の過激な性教育が新聞で報道されています。父母がそれを問題視して教育委員会などに訴えているが、性教育の教育実践を推進している教員たちはある使命感に駆られているごとく、なんの反省も無いのです。性教育は性道徳を麻痺させ、性行為の若年化の結果をもたらすと思いますが。『子供にもキスする権利がある、SEXする権利がある』などは人権主義教育が背後にあるのでしょう。早いうちから性教育、性交教育、避妊教育が必要だと考える教師が増えているのである。家族や子供を持たない若者の増加の陰でいつでも性行為が出来るという風潮が蔓延し、それに携帯電話やインターネットが利用されています。

延長保育、苛め問題、児童虐待

 フェミニズムの病魔は、女性の自立と称して、母親を外で働かし、専業主婦を不利にして、家庭を崩壊させようとし、それが成功しつつあります。地方自治体は「子育て支援」と言いながら実際は、「子育て請負」を政策としています。12時間、13時間保育、トワイライト保育、24時間保育などは児童虐待ではないかと思えます。子供のしつけは家庭で行うべきだと人は言いますが、家庭に母親がいない時代になっています。しつけの出来ていない子供は学校崩壊の明らかな原因になっています。現実には発達障害の子供たちが大変増えてしまって、授業中に自分の席を離れ徘徊するのが多くなってきました。また小中学校ではいじめの問題が大変増えてきて大問題となってきています。

 また中学生にでもなれば、愛してくれなかった親、保育園にまかせっきりにした親への逆襲が始まる、そして若年犯罪の増加、ひいては社会不安増大にもなる。それが地域社会の崩壊にもなる。その後、愛情薄い若い親となった彼らは、次世代の愛されない子供を産む。これは明らかに悪循環です。この愛されない子供に対する児童虐待が増えてきています。苛めの問題や児童虐待の問題は対症療法では直りません。せめて子供が小さいうちは、家庭にお母さんがいてやるべきで、その家庭支援の製作が必要なのです。しかし今はそうなっていません。どんどん保育所をつくり、延長保育を推進している現状です。 

子供権利条例

 さらに全国の地方自治体では子供権利条例がどんどん成立しつつあります。「遊ぶ権利」、「自分の意見を表明する権利」、「自分の意見を尊重してもらう権利」、「ありのままの権利」などが基本的人権と解釈されています。侵害されて痛ましい権利であれば大変悲劇的なことですが、判断力が育っていない子供がわがままに等しい権利意識を肥大化させ、大人や行政に、国や学校に絶えず不満を表明させるような子供権利条例は不要かつ危険だと思います。家庭や学校は戦場になってしまいます。

 意見表明権があるからと小学校の卒業式に国旗を揚げた校長を土下座させて謝罪させようとした児童と親、教師も出現しています。子供の権利を推進している人は本当の子供の願い(長時間保育の廃止)などは無視して、反体制運動に子供を利用しようとしているのです。これで学校秩序や地域社会の教育力は一挙に失われてしまう。国旗国歌を冒瀆して何の非難も浴びないのは世界中で日本だけかもしれません。

規範意識の崩壊と欲望への迎合

 この十年以上、日本の小中学校はゆとり教育という学力軽視教育を受けています。かつて世界のトップクラスの学力を誇った日本人はいまや見る影もありません。ゆとり教育は子供の余暇権であるとの見方にもあるように、学力をつけるために勉強させることを人権に反する行為と見ている教師や官僚もいます。これは当然学力の低下につながるのですが、学力の高低を区別して比較することは差別につながるとして、学力評価そのものも、相対評価から絶対評価に変えてしまいました。絶対評価と言うものは「評価」に値しないものであリますが、しかし中学生は絶対評価の通信簿を受け取るので勉強してもしなくてもグレードの4がもらえるなら努力はしなくなるのが人情です。つまりゆとり教育で学力が落ちても、絶対評価で学力が落ちたことが分からない仕組みを国は作ってしまったのです。我々日本人の勤勉性を受け継ぐべき子供達は努力することの意味を失い、学力をうしないつつあるのです。

 日本では第二次大戦後、押し付けられた憲法で伝統文化と切り離され、経済発展による精神文化の崩壊、バブル崩壊に伴う日本人としての自信の崩壊などによって、今までの価値観を喪失しました。今の大人は社会人としてのけじめ、自制心、倫理道徳を欠き、社会のルールや規範への憎悪と欲望民主主義への迎合だけで行動しているように思えます。

 以上、現在の日本が抱えているさまざまな問題を書きました。そのほとんどが「児童の権利に関する条約」と「女子差別撤廃条約」によってもたらされた害毒の悪い影響をまともに受けたからなのです。昨年末、安倍政権は新しい教育基本法をつくり教育制度を根本的に改革しようとしていますが、その手足となって働くべき中央省庁の官僚と地方自治体の行政担当者はその2条約を拡大解釈したり、歪曲したりする左翼教師団体、反日人権団体と国連に取り付いた左翼NGOとのネットワークの影響から脱していないのです。私達はこの現状を根本的に改革するために世界の同志の方々と連携し、かけがえのない日本の家族を守っていこうと考えています。どうぞご支援ください。