母の介護(平成19年1月8日)

母は85歳となった。5年前私の市会議員選挙のとき、家の中で転んで少し寝込んだ。そのことでたちまち筋肉は衰え、背中は曲がり、足は萎えた。5年前の80歳のときには自転車に乗っていたのにである。

母の背中は曲がっている。背中の皮膚はつるつる。足も曲がったままである指のすべてが外向きになっている。これは昔のリュウマチの所為である。母は一日中紙オムツだが朝の五時半にはもうぐしょぐしょだ夜は11時にトイレに連れて行ってもそうなのだ。母はまだ自立歩行だが後ろから支えなければ小さな段差で仰向けにひっくり返る。家の中でも杖が要る。歩く速度は一秒で五センチ。ベッドから立ち上がれない日もある。そんな日は泣いている。頭はしっかりしている。最近まで文庫本を読んでいた。

このごろ私はなるべく夕食を家族と一緒にとろうとしている。食事のテーブルまで母を誘導しなければならない。母の手を引く、母のもう一方の手は杖をつく。たまには私の箸でおかずを口にいれてやることもする。食事が終われば薬の水を汲んで来る。薬が呑み終れば、母をトイレに連れて行き、ズボン、ももひき、紙おむつを脱着する。そして居間まで誘導する。母の入浴を手伝う。入れ歯を取らせて、残った歯を磨く。ボタンを外して服を脱がせる。ズボン、ももひき、紙おむつを全て脱がせ、真っ裸にする。洗い場に誘導し、つかまり棒に掴まらせ、お尻を洗い、湯船に入れる。しばらく、温まったら洗い場に出し、全身を石鹸で洗う。先日初めてシャンプーを使って洗髪した。このときも母は棒に掴まったまま立っているだけである。洗い流して、再び湯船。湯船にいるとき目を離しておぼれないようにしている。湯船から出すときは、一人で立てないので私が片足を湯船に入れ、右手で母の尻を掴んで立たせるのである。

脱衣場で体をふきとり、バスタオルを体に掛けて、寝室に誘導する。冬はこの移動の間の冷えが心配だ。寝室で家内が用意している母の着替えを着せる。このときはオムツはふつうのパンツ型のもの。母の指の曲がりのために服の着替えは少し時間が掛かる。カーデガンをきせて居間に誘導し、椅子に座らせて足だけをコタツに入れる。これから約1時間母は父とテレビを見る。9時近くに母をベッドに誘導する。9時から11時まで母を眠らせる。11時に起してトイレに連れて行く。11時につけるオシメは大型をもので最近はなかあてのパッドを2枚も重ねる。こうでもしないと朝はベッドまでオシッコが沁みてしまう。

家内は朝、5時半の目覚ましで起き上がる。洗濯に掛かる。大量の洗濯物がタイマーで出来上がっている。これを干したり、母と父がもう起きているので、朝食を用意しつつ、母のオムツを取り替える。朝6時から父母は食べる。そして居間まで母を誘導する。朝方のこの作業を私はたまに手伝う。

母の世話の状況は大体こういう感じ。母は私が手を添えてやる都度「ありがとう」とか「すんません」とか「サンキュウ」という。いちいちいわなくてもいいと思うのだが言う。母の人生の最後の時期に、今まで私が幼児のとき以来無かったような身体的接触からなる、このような世話が出来て、その作業が終わる都度、ある種の満足感が沸いてくるのである。

父は大正6年生まれの89歳だがまだ元気に自転車にのり、毎日10キロほど走ってくる。耳は遠いが体は元気でボケてもいない。母が椅子に座ったままでいろいろと父に用を言いつけているようで、父はそのおかげで体をよく動かすから丈夫なのだと思う。