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私の先祖探求

なお、平次郎とシマは両養子であり、平次郎は八王子の新町の飯島富五郎二男。
シマは日野の北原の井上藤左エ門の五女にして新選組六番隊長井上源三郎の妹。
フミは立川村の榎戸金之助二女。マツは所沢の渡辺家の長女。
煕は千葉市横戸の松戸家から。
なおケイの父親井上善兵衛は
井上藤左エ門の東隣の家であったと先頃お亡くなりになった
谷春雄さんが調べてくれました。するとケイとシマは渡辺家に入籍する前は北原の隣り合う
井上家の生れであり、ケイはシマの子供時代を知っていたと思える。また
シマについては勝沼の戦いで敗れた甲陽鎮撫隊、日野農兵隊の残党が粟の巣
(現在の八王子市小宮町)に隠れた時、小刀を持ち、彼らに食料を運んだという。
なお、我が家は
宝暦年間に隣の渡辺家から分かれたもので、宝暦から上記の渡辺吉兵衛
まではまだ未調査。

父方の故郷は千葉市近郊の横戸で、この系図は最近(16年8月)に聴取したものです。

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渡辺眞の経歴
生年月日 昭和21116
学歴     昭和363 日野町立第1中学校卒
    昭和
393 都立立川高等学校卒
    昭和
433 北海道大学理学部数学科卒

職歴
     昭和433 航空自衛隊技術幹部8期生として入隊
    昭和
494 防衛大学校理工学研究科航空工学卒
    昭和
499 航空自衛隊一等空尉で退官
    昭和
499 株式会社KJBA入社
    昭和
514 日本ビジネスオートメーション株式会社
    (現在の東芝情報システム株式会社)へ出向
    昭和
569 同社を課長で退社
    昭和
5610月〜584 株式会社ソフトピア取締役
    昭和
584 コンピューターシミュレーションズ株式会社設立
               同社代表取締役社長就任、現在に至る。
     
議員歴 平成14年2月
〜平成18年2月 日野市議会議員(一期目)
      平成16年3月
〜平成17年12月 日野市議会行財政改革特別委員会委員長
     平成18年2月〜
日野市議会議員(二期目)
      
平成18年2月〜平成20年2月 日野市議会企画総務常任委員会委員長
      
平成18年2月〜平成20年2月 東京たま広域資源循環組合議員
      平成20年2月
〜日野市議会健康福祉常任委員会委員長
       
平成20年2月〜日野市議会議会運営委員会委員
       

ボランティア歴
消防  昭和514月〜613 日野市消防団員
神輿
  平成94月〜113 東光寺神輿愛好会会長
防衛協会
  昭和635月〜平成43 日野市防衛協会青年部長(初代)
         平成3年6月〜平成8年6月 東京都防衛協会理事
         平成
56月〜平成106 日野市防衛協会事務局長
     平成8年6月〜平成10年6月 東京都防衛協会常任理事
         平成
116月〜平成14年2月 日野市防衛協会理事長
         平成
106月〜平成14年6月 東京都防衛協会青年部長(初代)兼東京都防衛協会常任理事
         平成12年6月〜平成18年3月 全国防衛協会青年部連絡協議会会計監査
         平成14年6月
平成16年6月 東京都防衛協会理事
     平成16年6月〜平成19年6月 東京都防衛協会監事

予備自衛官 平成4月〜平成63 予備自衛官一等空尉
隊友会
  平成4年4月〜平成63 隊友会本部理事
    平成
64平成113 隊友会参与
募集相談員
  平成44月〜平成18年4月 自衛官募集相談員
           平成
1210月〜平成14年3月自衛官募集相談員連絡協議会多摩支部長
防衛議員  平成14年6月〜
平成16年12月日野市防衛議員連盟事務局長

教育文化関係
           昭和
61〜63 日野市立東光寺小学校PTA会長
           昭和
63 同校サッカークラブ設立、初代監督
           平成
124月〜 14年4月 同校校友会設立、初代会長、その後は顧問
           平成
111月〜平成141 日本の歌合唱団団長、その後は顧問
           平成18年7月
新しい歴史教科書をつくる会東京三多摩支部長
           平成19年4月〜家族の絆を守る会副理事長
           平成18年7月〜新しい歴史教科書をつくる会理事

人権・子供権利関係    

     平成18年4月〜子供権利条例に反対する地方議員の会代表
     平成20年2月〜人権擁護法を阻止する市民の会代表